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25年9月

社長のつぶやき 264                  2025年9月4日 
 
 異常な暑さが続いている。しかし、この異常が常態化しているのでもはや日本の夏は35℃以上が当たり前の国になったのかもしれません。この酷暑が毎年やってくるとすると食べる物、着る物はどんどん変わってくることになります。
お盆前にキャベツの生産者と話をしましたが、例年通りに作付けをしていては暑さで成長しないので定植の期間を少しずらしたり、水やりの方法を変えると言っていました。酷暑が常態化することで我々の生活は変わらざるを得ないです。
 「この命何のために使うのか?」自分の命の使いどころは何なんだろうということが8月の思風塾のテーマでした。自分がこのために生きると言い切れる人は多くないと思いますが、幸福に生きるためにも是非考えてもらいたいです。
冒頭に思風先生は、命より大切なものがあるという生命観を持つことでこの問いの答えに出会うと言われました。このためなら命をかけても惜しくないという対象に出会うからこそ我々の命、そのものが輝くということなのです。
歴史の偉人を紐解くと自らの命をかけて偉業を成し遂げています。後世の我々に偉人と言わしめるのもその業績も在りますが、ひとり一人の生きざまが輝いていたからだと思います。我々も歴史を作っているひとりなのでどうせ生きるのであれば、輝いて生きる人生をおくりたいですよね。
 思風先生は、今やっていることの意味や価値を考えて仕事や生活をしていると自然に何のために生きるのかという体験をすることができると言います。
今やっている仕事の意味と価値を考え、人の役に立つとことに喜びを持つと命をかけても惜しくな対象となり自信を持って仕事が出来る様になると言います。
それが命をかけてもいいという対象になってくるということです。
我々は名古屋の台所を支えているのです。仲卸として青果物を目利きして安心安全な商品を安定的に価値ある価格でお届けしているのです。
コロナの出始め、得体のしれない病気のために感染をすると、隔離という処置がなされました。その時に我々が機能しないとお客さんの棚が空いてしまう。
そんな危機感をひしひしと感じました。市場という機能は各地域に無くてなならない機能でありそれを支えている我々はエッセンシャルワーカーとしてなくてはならない仕事なのです。命をかけても惜しくな仕事であると自負します。
難しい問いであることは間違いのないことですが、我々がよりよく生きてゆくために心の支えになるのが哲学であると思います。
興味を持っていただき一緒に学べたら有難いです。