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25年12月

社長のつぶやき 267                2025年12月2日 
 
 今年も暖冬の様子です。11月前半からトマトの出荷が増えるということでしたが「ふえる、ふえる詐欺」に会っているようなものです。まだしばらくは、トマトの価格は高値安定が続きそう。年内は、キャベツや白菜の出荷は順調ようなので、ご家庭では、なべ物などで沢山野菜を食べていただきたいです。
 今回のつぶやきは幸せについて考えてみたいと思います。みんな幸せになりたいと考えているのですがどうなった時に幸せなのかと問うと、答えは・・・・?
お金があれば幸せになれるかというと、お金持ちが皆幸せであるとは思えません。身体に障害があるから不幸せでもないようです。もちろん幸せを感じるのは各人違うのですが、幸せの定義を少し考えてみたいと思います。
 第一に浮かぶのが健康であるということだと思います。最近インフルエンザが流行っていますが高熱がある時に感じることは、健康のありがたさなのではないでしょうか?いつも当たり前に仕事をし、趣味に時間を使えるのも健康だから。
しかし、この当たり前に我々は感謝ができないものですね。日頃の生活では、暴飲暴食・運動不足など自らの健康に無関心になっていることが多いのでは?
 お金はいくらあっても邪魔にならないといい、お金だけを求める生き方が本当に幸せなのかは疑問ですね。だからと言って、お金に困窮するような生活が幸せであるとも言い難いですね。上を見ればきりがないし、下を見ても同様です。
みずらからが思う最低の生活が余裕を持って出来る収入があることが幸せになるための第二の条件ということとします。
 私は誰にも頼らずに一人で生きている。と思っている人はとても寂しい存在ですよね。すべてを自給自足で生きている人を私は出会ったことがない。
貨幣経済の中で役割があり分担しながら生きている。衣食住を誰かが作り、販売し我々が購入することでみんなの生活が成り立っているのは間違いがない。
人はお互いに支え合いながら生きているのだということが感じられて意識できること。その中で家族や友人、仕事の仲間と良き関係で生活が出来ることが幸せの第三の条件だと思います。良き関係というのはただ単に仲がいいとか気が合うだけではないと思います。憎しみ合うということでは決してありませんが、お互いが刺激し合い、助け合い、話し合い、わかり合える関係だと考えます。
 自分の意思を押し通すことは大変に難しいし、現実的ではないと思います。
しかし、自らの意思を無くし、人の意見で生きるのは悲しすぎますね。
自分がこういう生き方をしたいという意思をもって毎日の生活をすることはとても大切だと思います。その意識の中に利他という心があることが私は望ましいと思うし、その人が大きく成長するためには利他心はとても重要だと思います。
自分の意思を持って生きるとは、目標を掲げそれに向かっている生き方ということなのだと私は考えます。我々社会人は職業という中に目標を掲げられたら幸せに生きられるのだろうと思います。是非、仕事の中に幸せを見い出してほしい。
それは日本人が持つ、華道、柔道と同様の「商道」につながて行くと考えます。