CLOSE

権利と義務

義務を果たさないのに権利はないという
考え方をする人が多いと思う。
しかし、権利は生まれた時からあるという。
「働かざる者食うべからず」
こういう精神から義務を果たさなければ権利が発生しない
と、いう考え方に昭和の人間は至ったのであろう。
私自身、権利のみを主張することはとても醜いと感じている。

権利と義務

会社においても権利と義務は発生している。
しかし、国との約束とは少し違う。
労使関係も変化をしている中で権利と義務はルールとマナーと
言い換えられるのかもしれない
就業規則というルールで権利が守られ、
義務は会社でのマナーによる。

権利と義務

国民の権利は放棄出来るけれど国民の義務は放棄できない
なぜならば、国民の義務は費用をねん出するためにあるから
納税であり、労働であり、教育を受けさせる義務
この義務については国を豊かにするために必要な費用と考えれば
皆の生活向上につながる。

権利と義務

権利は生まれた時から発生をしている。
生まれたばかりの子どもに納税の義務はない
納税していないからと言って道路を歩けない訳ではない。
しかし、義務を果たさずに権利だけを主張されると
とても不愉快に感じるのは私だけではないはず。

AIの作曲

本日の日経にAIが作曲した曲について、誰の曲を元に
作曲したかがわかるような仕組みをソニーが作るとある。
人間もビートルズやクイーンに影響された人が沢山いる。
その方がオリジナル曲を作った時に似たフレーズがある場合はどうなのだろう?
著作権侵害が問題になることはよくわかるけど、
なんだか不思議に聞こえるのは私だけなのかな?

選挙

今回の選挙で自民党が掲げた政策を全うするだけで
国民の生活はよくなるのだろうか?
大多数の意見もあれば、少数の意見もある。
選挙というのは少数の意見を取り入れるのには向いていない。
考え方は人それぞれであり、多数の意見に小数意見が
常に押しつぶされてしまう現状は未来の発展には良くないと思う。
議席削減とか言っているけど、少数意見をどのように聞き取るかという議論もして欲しい。

選挙

選挙により選ばれた方にお祝いを申し上げる。
選挙戦の最中には握手をして頭を下げてすり寄ってくる。
しかし、選挙に勝つと突然「先生」になる。
長年の当選を繰り返すと「大先生」になる。
皆、「国民のために」と連呼したあの決意はどうなっていくのか?
党勢の拡大、自己保身を優先するのではなくどうか
国民の豊かな暮らしのために尽力をして欲しい。
国民が納税したお金を無駄なく使用してもらいたいものだ。

選挙

民主主義は国民の代表者が各地の意見を持ち寄って
合議制で色々な事を決める。
我々国民の多くの意見を反映するというのが選挙。
国民が投じた1票が集まり意見になってゆく。
18歳以上の日本国籍の男女は誰でもこの1票がもらえる。
しかし、歴史的を振り返り日本国籍者のみの平等に
なったのはこの100年以内の事です。
この1票を獲得するために先輩たちは命をかけたことを
我々は忘れてはいけない。

選挙

皆さん、選挙に行かれたことと思います。
自民党の圧勝をどのように感じているのでしょうか?
選挙って、国民に与えられた権利なのです。
その権利を行使しないのはもったいないですね。
選ばれた代議士が国民のために仕事をしてくれることを
祈るばかりだし、国民が見ていなければなりません。
高市内閣が慢心した政権にならないことを祈るばかり。

2026年2月

社長のつぶやき 269                2026年2月6日 
 
1月の後半から寒波が居座っているように感じます。朝とても寒くて深々と冷えます。この天候でもキャベツ白菜などは安値がずっと続きます。この安値傾向はまだしばらく続きそうです。皆さんに野菜を摂ってもらい消費をして欲しい。 
子どもたちに対してけんかをすることは良くない、みんなと仲良くしなさいと大人たちは教える。しかし、大人たちの対応を見ると子どもが真っすぐに育たない理由が見えてきます。国会で政治家は相手を激しくののしり、失態を更に追及する。挙句の果てに所属政党が大きくなることだけを目標にしているように見える。また、世界のリーダーであるトランプ大統領は関税をちらつかせ、軍備で威嚇し弱い相手をねじ伏せる。そして、家庭や学校でも親や教師の不祥事が報じられ、大人が教えることに子供が不信感を持ってもおかしくないですね。
我々大人から良心を持った行動をすることを心がけたいものです。今月のつぶやきは皆が平和に暮すためにどうしたらいいのかを考えてみます。
20世紀中ごろまでは列強の植民地支配が横行していました。自国の発展の為なら他国の国民を犠牲にすることは問題ないという考え方でした。現代からすると本当に恐ろしい認識です。人間が人間を支配し、命の重さが違い、人種差別や不当な取引も当たり前の世の中だったということです。
現代では植民地支配などは大問題であると皆がそう思っているはずなのに世界中の各所で戦争が行われ、なくなることはありません。あたかも軍事産業が経済の一部を活性化させているから仕方がないと言っているようなものだと感じます。
 争いごとが無くならないのは「闘争本能あるがため」学説になっています。思風先生はこの考え方に異論を唱えています。人間はだれしも平和に生きたいという願いを持っている。平和に生きるとは皆と仲良く生きるということ。
原始時代からの食べ物などの奪い合いをみると家族を守るために戦うことでありこれは防衛本能から来るものであり闘争本能から来るものではない。
食物連鎖を考えると闘争本能が弱肉強食を生んでいるかのように言われるが、他の命を生かすというのが食物連鎖の根源だと言う。
なるほど、我々日本人は食事前に「いただきます」という、これはあなたの命をいただきますという意味であり動物だけでなく植物の命をいただき自分たちの命を次に活かしていくという意味だと私も習いました。
 
 人類は進化をし続けている。何千年という年月を重ねて、平等に公平に人が生きられるように歴史的にも変化をし続けている。
思風先生は問題には必ず答えがあり問題から逃げることなく解決策を模索する必要があるといつも言われます。
 皆が平和に仲良く生きるためには、お互いの人間関係にある問題を解決すること、放っておくことでも相手を叩きのめすのでもなく、お互いをわかり合って、許し合って、助け合って、ゆく努力をすることしかないと思う。