海外で日本式の卸市場があるのは台湾と韓国のみ。
ヨーロッパには卸売市場がないために
チーズとサラミの盛り合わせが20€
サラダの盛り合わせが20€と同じ値段
日本の感覚だとサラダの盛り合わせは12~13€だと思う。
何故野菜が高いか?
卸売市場という機能がないからだと思う。
また、その品質は日本と比べると随分落ちる。
名古屋中央卸市場から野菜果物の仲卸・外食産業へ業務用小分け配送
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海外で日本式の卸市場があるのは台湾と韓国のみ。
ヨーロッパには卸売市場がないために
チーズとサラミの盛り合わせが20€
サラダの盛り合わせが20€と同じ値段
日本の感覚だとサラダの盛り合わせは12~13€だと思う。
何故野菜が高いか?
卸売市場という機能がないからだと思う。
また、その品質は日本と比べると随分落ちる。
レタスやホウレン草などがみずみずしく
生の魚を刺身にして美味しく食べられるのは
卸売市場があるからだと思う。
この日本式の卸売市場の良さは
小さな農家さんも取引し、大産地も取引できる
八百屋さんから某大手量販店まで売買参加者として存在する。
仲居さんに対して女将は大変に気遣いをしている。
誉めて、なだめて、親身に寄り添っている。
それでも失敗がなくならない対策として、
ミスによる損失がどれくらいの金額になるのかを
貼りだしたという。
刺身のだし間違いでマイナス6000円…といったように。
すると、ミスがなくなったということ。
お客さん誉められる3大要素
1、 快適
2、 温かみ
3、 特別感
旅館なので確かにこの3大要素は本当に必要ですね。
我々に置き換えると、
お客さんに不自由をさせない。
お客さんの目線に立って考える。
お客さんのために用意をする
3大クレーム
1、 段取り優先
2、 一言多いまたは少ない
3、 感性の違い
段取りはとても大切だけとお客さんに対して段取りを優先すると
クレームにつながるという。
要らぬ一言がお客さんの怒りを買い、また、足らぬ言葉がお客さんの不信を招く
感性の違いは本当にありますね。
お客さんに喜んでもらうためには
臭いものに蓋をしないことだと女将は言う。
上司は嫌な情報しっかりと受け止めること。
失敗をしたことについて叱らないこと。
逆に、失敗やクレームを隠したら部下を叱る。
それも、執念をもってこの報連相に取り組んでいると。
加賀屋さんには200名の仲居さんがいる。
お客さんが喜ぶ声をどうしたら全員で共有できるのか?
え!と驚くようなアナログなやり方だった。
お客さんがこんなことで喜びましたという事例を
毎日仲居さんが紙に書いているようで、
女将がいいなというものをホワイトボードに貼っているとのこと
視える化をして共有。
勉強会で石川県の旅館・加賀屋の女将から話を聞いた。
加賀屋は、おもてなしNO.1の旅館だという。
その秘密は報告連絡相談確認にあるという。
どんな細かな事でも女将の耳に入るようになっている。
だからこそ、おもてなしの言葉が的確にお客さんの心に刺さる。
暑い夏が去り、夜はエアコンなしで過ごせるようになりました。台風21号が上陸し四国から関西にかけて大きな影響が出ました。やっと関空の鉄道が動き始めたとのこと被害の大きさを実感します。また、北海道では震度7という直下型地震が起こり大きな被害が出ています。被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。また、今月は世紀の出来事が目白押しでした。大坂なおみさんのUSオープン優勝・安室奈美恵さんの引退・残念なのは樹木希林さんが亡くなってしまったこと。時代は動き続けていると強く感じます。じっと留まろうとしていると時代の波に置いていかれそうです。
さて、この台風で関空が閉鎖されたニュースで、インタビューをされていた方の言葉で「85歳になって初めてハワイ旅行に出かけようとしたのにこの台風で行けなくなりました。世の中何があるかわからないですね」と応えていました。何ともお気の毒にと思いながら思い出したのが、司馬遼太郎先生の「峠」という作品に登場する河合継之助の奥さん「おすが」のことです。おすがは、江戸という場所すら認識することなく川向うの程度に思っているのだと記してありました。それくらい、昔は世間が狭かったということなのでしょう。知らないからこそ、そこに行くということすら考えられないということ。85歳になってハワイに行くということは、日本人は豊かになったのだと改めてこのニュースを聞いて感じておりました。江戸時代から時間は過ぎ、戦後そして、高度成長期以前の時代を考えると今より金銭的には貧乏であったことは間違いのないことです。それなのに男は外で稼ぎ、女は家庭を守る。今よりほんの5,60年前はこんな常識が当たりまえであったと思います。今より貧しかったはずなのにこうした暮らしが成り立っていたのは何故なんだろう。ブランド物の服を着ている子供など居る訳でなく皆が継ぎ接ぎのズボンをはいていたのは確かです。食卓に並ぶおかずは今と比べたら品数も少なかったと思います。お金がないことに対しての不満というのは余り無かったと思います。それは、皆が貧乏であったからこそ、貧乏ということに不満とか不平というのは今よりは大きくなかったのだと思います。現代の社会と違い、時間的・人間的には幸せな時代だったのでは?
現在は、スマフォで世界の裏側の情報が手に取るように解ります。ググれば、行きたい地域に行ったような気分にもなれます。食卓に出てくる食事も江戸時代の殿様よりも良いものを食べていると言われてます。でも、幸福感とういうのが感じづらい世の中になっているのだと思います。いろいろが自動化されて時間にはとても余裕があるはずなのに、皆が忙しいという。そして、かつて家庭にいたお母さんはお金を稼ぎに外に出なくてはならなくなり、子供が家庭にて一人でご飯を食べているという。その子供も大きくなって我々世代のようにお金を稼ぎたいという欲求は少なく、自らの時間を有効に使いたい?・・・と言いながらスマフォで多くの人がゲーム?ネットで検索?などなど時間の無駄遣いと言えることをしている。決して今の時代が不幸だと言っているのではありません。幸福という価値観が変わり、今は今で最高にいい時代であることは間違いありません。
時間の流れ方がとても早く、それに遅れないようについていこうとすると人はとてもストレスを抱えることになるのだろうと。AIやIoTで便利になり生活スタイルがもっと変化すると思うのだけれど、それが本当に関わる人間同士の幸せにつながるのかは疑わしいと思います。お婆さんのニュースから流れのはやい時代をどうやったら勝ち抜けるのかを考え続けています。関わる皆さんに幸福を届けたいから。
NHKの番組で湖池屋のポテトチップス開発を
夏休みに子供たちがやるという設定。
自分にうそをつかないというテーマの下
試行錯誤!そして悩む。
悩んで、悩んで、そこから
できあがるから感動があり、喜びにつながる。
あきらめないから感動があり喜びにつながるんですね。