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2022年5月

21世紀に戦車がそしてロケットが実際に使われる戦争が起こるとはだれも予測しなかったと思います。また、長期戦の様相を呈しており心が痛むばかりです。ロシアもウクライナもどちらも主張がありますがお互いが話合いで解決の道を作って欲しいものです。第3次世界大戦への拡大や核兵器・生物兵器の使用などがないことを祈りつつ、プロタガンダとは本当に恐ろしいものだと感じています。

GW前は入荷が安定していたため、玉ねぎジャガイモ以外は安定した価格で取引がされていました。しかし、GW明けから産地が変わり始めてネギ、キャベツ等徐々に相場高になっています。食品の値上げラッシュで青果の値上げは話題にはなりませんが、家計への負担は相当の物になります。節約志向は経済が縮むことにつながりますので何とか良き経済循環が生まれて欲しいものです。

流石に2年半のコロナ禍で習慣が変わり、飲み屋のはしごをする人は皆無のようで居酒屋業態の売上は中々アップしてこない状況です。しかし、蔓延防止があけて何とか当社も通常の売上が見えてきました。売り先があるということは本当に有難いです。ふと、私が市場で豆を売り出したことを思い出しました。私が販売をし始めた頃の石橋青果の社員数はアルバイトを含めて12名位だったと思います。佐藤取締役がトップセールスとして活躍をしていて、八百屋さんが今の10倍は場内にいました。そんなに八百屋さんが居ても新参者の豆屋に買いに来てくれる人は皆無です。最初に仕入した4ケースのインゲンを売るのに大変苦労した事を忘れることが出来ません。先輩販売者のそばで八百屋さんに声を掛けるのですが中々自分のお客さんになってはくれません。現場では大長さん、丸進さんが山の様な荷物をどんどん売り捌いているのを見て悔しくて仕方がなく、あの人この人に声を掛けて買ってもらう努力をしていました。当時佐藤さんは絶好調であり荷物も潤沢に揃え八百屋さんが集まってくる状態でした。当時血の気の多い八百屋さんも多く荷物のあるなしでもめることも多々ありました。そんな時に佐藤さんはあんな奴にもう売ってやらん。と・・・。でも、その八百屋さんに買って欲しくて仕方がなかった私。お客さんがいないということは仕入もできません。商品が少なくなれば荷受けも仕入もさせてもらえないという状況でした。お客さんが毎日買ってくれるだけで本当に有難いと思います。実はそんな思いからもう20年も前になりますが毎日買ってくれるお客さんを求めて、飲食店の方への販売を思い立ちました。外食事業部のはじまりです。皆さんの頑張りのお陰で外食事業部も売上も事業規模も大きく成長するに至りました。その外食がこのコロナ禍でまさかの坂を転げ落ち、売上が半分以下になる月もありました。Withコロナに政府が舵を切りこのGWはまずますの売上となりました。売り先があるということは本当に有難い。

現在新規事業を当社の3本目の柱に育てたいと考えています。採用が上手くいっていなことで社員の皆さんに大変に苦労を掛けて大変に申し訳ありません。新規事業は自社で値入ができる事業であり、市場事業部からの仕入れをする八百屋としてはこれから大きく発展をさせます。

2022年4月

ロシアとウクライナの戦争について、早期に終結し平和な日常が戻ることを心より願います。今年の名古屋の桜開花は3月21日頃、ここ数年と比べると1週間くらい遅かったような気がします。今年の冬は寒かったということですね。しかし、入社日ならびに入園入学にぴったりの桜模様になっています。記念に残る写真に綺麗な桜は似合います。3月4月は別れと出逢いの月。外食名古屋立上して直ぐに働いてくれた池田さんが退社となり本当に寂しい限りです。しかし、2名のフレッシュパワーが4月から加わりました。未来につながる二人の力が本当に楽しみです。蔓延防止が3月22日に明け、私自身ほっとしています。外食事業部の売上は徐々に戻りつつありますが、居酒屋系の飲食店はコロナ前と同様の売上が直ぐにできるとは想像していません。しかし、希望の光が見えるだけで心が軽くなります。それに加え3月中旬から新規事業の納品店舗が倍になりました。これには物流のメンバーには午後から配送という負担を強いることになりました。また、商品加工では、外食の社員パートさんに助けてもらっております。新規事業というのは全社一丸となって進まないとできないと改めて認識をしました。全社員のみんなにこころより感謝です。

年を取ると頑固になると人は言います。そうなのかもしれません。頑固になるというは今までの体験が経験として蓄積されてゆく結果、先が見通せると思いこんでいるのかもしれません。だから、こうでなければならいないとか、今までこうしていたからこれからも同様にするとか、変化を排除しようとする行動が頑固ということになるのだと思います。若くて経験の浅い人の声を聞こうとしないのも自らが正しいという凝り固まった考え方から来るのでしょう。自らも大いに反省です。

このコロナは色々な常識を変化させました。握手・挨拶のハグなどはもての外、オンラインの活用でビジネスでもラインなどの活用は勿論、対面して話をすることが非効率であるという常識が根付いてきています。会う必要がないと新幹線や飛行機などのビシネス利用は減ります。東京に集中していたものが段々と分散傾向にあります。国会での一票の投じ方から選挙制度までこれから思わぬ早さで変化をしてゆくと思われます。ルネッサンス時代、専業革命以降と同様に歴史的変化があると想像をします。このコロナによるAIや多様なものを自動化する技術は世の中のコミュニケーションの常識を大きく変化させることになると思います。これらの技術や常識の変化に頑固おやじはついていけずに「近頃の若者は」となるのかなと自分自身を戒めております。

今年度の「意識革新」というテーマは、当社で働く人たちが改革ではなく革新、いわゆる新しい技術や常識を受け入れてゆくということをして欲しいということなのです。当然、違和感、やり辛さ、ストレスも感じることがあると思います。しかし、この痛みを乗り越えることがとうしても必要だと考えます。

2022年3月

ここ数年とは違い、寒い三月初旬となっています。寒さは厳しいのですがやはり何か春めいているのを感じます。光の春というらしいですが太陽が明るく感じます。この寒さの影響で野菜は端境期となり、安値が続いていた冬野菜ですが2月の中旬から少し値上がりをしています。しかし、例年よりも高くはない相場だと思いますのでご家庭の皆さんにおかれましては野菜をたくさん食べてください。山菜や豆類などこの時期にしか生食できない野菜が沢山あります。

戦争の間に平和があるとわが師から聞いたことがあり、歴史的にみればそうのだと思っています。そして、人間は、少しづつ進化をしていると言われています。それに伴い文化的にも進化をしているのは言うまでもないと思います。過去には、言うことを聞かなければげんこつで子供の躾をすることは当たり前でした。しかし、現代の躾・教育はげんこつを振るうことを良いことではないとされています。スポーツ界でもしかり、体罰による教育がほんの20年前までは当たり前であったし、私の母親が厳しく育ててくださいと先生に言っているのを聞いています。つまり、いうことを聞かなかったら手をあげても構いませんと言っているのです。体罰がいけないということ自体を私自身受け入れづらい時期もありましたが59年生きてきて、こうした精神性の進化というのをとても感じています。

しかし、残念ながらロシアというかプーチンがウクライナに侵攻しました。プーチンにはNATOへの言い分もあると思いますし、ウクライナとの歴史的な問題もある様に聞いています。しかし、何があろうとも武力による解決というのは非難されて当然であると考えます。人が人を殺しても戦争では許される。そんな訳がない。ミサイルなどの兵器で実際に多くのウクライナ国民が傷つき、亡くなっています。当然、殺人罪がロシア軍に課されても仕方がないと感じます。ある意味ではプーチンのやっていることはクリニックに火を放った大阪の事件と本質的には一緒な気がします。一刻も早く武力によるウクライナ侵攻を止めて、互いの主張を思う存分に議論をして問題解決をしてもらいたいものです。

親はこどもに対して皆と仲良く遊ぶことを教えます。人間同士仲良く暮らすことがとても素晴らしいことだということを解っている証拠だと思います。人は関わる人々と仲良く生きたのです。それが一番平和につながることも知っているのです。しかし、大人になり成功者になるにつれて、掴んだ立場や栄光を守りたくなるのは人間の性なのでしょう。その野望を大きくし、意に反することを言う人・する人に対して攻撃的になるのでしょう。トップリーダーは自分の事情で生きるのではなく、人々の為に生きるという哲学がとても大切だと思います。その哲学を支えるのは謙虚さなのでしょう。我々も、親の立場、上司の立場、先輩の立場として上席になる時が多々あります。その時に威張るのではなく普通に相対すること、相手に対して謙虚になることは大切な心構えだと思います。そして何よりも、皆と仲良くするという気持ちをもってどんな相手でも受け入れるということが世界平和につながり、それを行動し続けることが喧嘩や戦争にならないと思います。

ウクライナの子供たちが公園で早期に遊べることを心より祈ります。

2022年2月

立春を過ぎましたが寒さが増している様に感じます。冬期オリンピック真っ盛りですね。3月に向けて寒暖差の大きな日が増えてくると思われるので皆さん健康管理には十分に注意をしてください。コロナが中々治まりません。オミクロン株が1月半ばから急激に猛威を振るい始めて各都市で蔓延防止が出されています。政府を含めた行政者もこのオミクロンに対しては、蔓延防止優先なのか経済優先なのかを右往左往しているように感じます。我社としては、経済を活性化するようにしてもらいたいと思いますが中々難しい状況であります。

当社2名の社員の家庭に、新しい家族が増えました。1月はとても嬉しい月になりました。両名のお子さんの為にも石橋青果は安定してやりがいのある会社にならねばならぬと一層感じております。コロナなんかに負けることなく皆でしっかりと儲けましょう。

子供の話が出ましたので少し思風先生の受け売りを話します。年月を重ね成人をすれば大人となります。しかし、大人と親はイコールにはなりません。子供が生まれて初めて親になります。だから、原田さん、仲さんは、親一年生となる訳です。親が子供に色々なことを教えるということは大切なことだと思います。危険から自らを守る方法であるとか、自らが食べてゆくためにどうしたらいいのかをはじめ、社会での礼儀やしつけは教えてゆかないといけないことは沢山あります。しかし、親が子供に教えるから親が優れていると勘違いしててはいけません。親も子から学ぶことが沢山あります。この文を読んでいる親の方々も経験をしていると思いますが、子育ての苦労を身近に感じたことで、自らの親の苦労を気づき、親への感謝の念を抱くことが多々あります。これは子供が親に教えている一例ですね。私自身も子供から沢山の事を学び、親として成長をさせてもらいました。

生まれてくる子供は親の事を疑いもなく信頼して生まれてきます。その信頼を赤ちゃんに伝える為にもスキンシップというのはとても大切で、親の肌の温もりから子供は親を信頼するようになります。三つ子の魂百までということわざがある様に3歳までにしっかりと愛情を注ぐことがとても大切ですね。子供は気づかぬうちに成長をしていて親を驚かせることが多々あります。寝返りを最初に見た時は感動的です。成長するにつれ子供は何事にも興味を示します。興味を示したことに対してやらせることがその子の個性を伸ばすことになります。やりたい放題やらせてあげることも時にとても大切なようです。但し、他人に迷惑をかけるようなことはシッカリと叱ることも同時に大切なことです。他人に迷惑ということだと、一足飛びに飛びますが子供の思春期の難しさはありますね。子供は自我が確立されててゆくと、反抗心と親はとらえますが、実は自立をしようとしている第一歩であり親が考えていることと違うことを考えているだけなのかもしれません。往々にして親は子供のためと、レールを敷きたがりますが本当にやりたいことがそこにはないと感じているのも確かでしょう。やらせてみるということはとても勇気がいりますが子供がやってみて納得することの方が大切なのかもしれません。親の言う通りにしておけばよかったと子供は思うだけなのですから。

社員の皆さんがそれぞれに結婚、出産という各々の人生の歴史を作ってもらうことはとても嬉しい限りです。会社がその原資を生み次の世代をつくるのに役立っているというのを実感します。我社は、働く人の為にあるということを実践した結果は皆さんの家庭が幸せに生活がおくれるということなのかもしれません。絶対にコロナに負けることなくしっかりと会社を存続、勝ち残っていきましょう。

2022年1月

2022年寅年がはじまりました。皆さんの新年はどのように過ごされましたでしょうか?当社は皆一斉に休みをという訳には行きませんのでご家庭の方々にご迷惑をおかけしておりますがお許しください。

年末年始にかけてこれで3年連続なのだと思いますが、キャベツ大根白菜などの重量野菜が値上がりすることなく安値安定が続いております。消費者にとっては小麦粉、食用油などの値上がりがあるので野菜の安値というのは有難いですが、生産者からすると肥料などのコストが上がっているのに収入が上がらず、たまらない状況になっています。また、玉ねぎ馬鈴薯は今年の春まで高値安定の兆しです。中国産も不作ということなので来年佐賀産の玉ねぎがある程度の収穫があることを祈るばかりです。

2022年のテーマについて記しておきます。我々は野菜を扱うプロ集団であります。お客さんに流石だなという知識を持って提案ができる、運ぶことが出来るそんな仕事をすることがプロということです。その知識技術を高めていかなくてはいけません。コロナ禍でこれから常識が変わってくることを踏まえて今持っている常識が変化してゆきます。今年のテーマを「意識革新」とします。意識改革ではなく革新としたのは新しい時代が訪れるということを意識するからです。冠婚葬祭から普段の生活において2019年とは違い、新しい社会生活が生まれてつつあるのだと思います。我々がこれから生き活きと働くためにも皆でお互いを啓発し合いながら意識革新をしていきたいと考えています。

本年もどうぞよろしくお願いします。

2021年12月

朝夕は流石に寒くなってきましたが、晴天の日が多い冬だと感じています。コロナが日本では治まりかけていますが世界では新たなオミクロン株が脅威になっているようです。コロナと共生する社会が早くできることを祈るばかりです。この冬も秋冬野菜が安い。生産者の方々経営が大丈夫かなと心配になってしまいます。皆さん白菜キャベツ大根をたくさん食べてください。

勤労感謝の日に女房の誘いがありお伊勢さんへお参りに行ってまいりました。8時過ぎに外宮に到着し本殿を参ったのち3つの別宮を参拝させてもらいました。熱田の森よりも一回り大きな木があちらこちらにあり歴史の重さを感じました。そして、内宮に向けて足を延ばします。内宮近辺は9時頃に到着しましたが、神宮の駐車場は90分待ちの表示があり、近所の駐車場へ車を入れました。今までコロナ禍で巣ごもりしていた家族が一気に出かけたのでしょう。内宮での参拝も列をなしておりました。凛とした神殿と千年昔の木々に囲まれて心はとても清らかになり、各々の神さんに交通事故が無くなりますようにとお願いをして回りました。

参拝後、女房と共におかげ横丁に繰り出しました。久しぶりに肩がぶつかる位な人ごみにコロナ禍であることを疑う位の人出です。行きかう人はお昼近くになったということもあり多くの人が食べ物や飲み物を歩き食いというのでしょか?食べ歩きというのでしょうか?勿論マスクを外して会話をしながら闊歩しています。あれれと!と感じるのは、私だけではないはず。せっかく感染者が減ってきているのにこんな状態で罹患者がいたら感染が広がるのでは?また、私が親から教えられた躾とは大きくかけ離れていると感じました。ひどい状態だねと女房に問いかけると「今の人たちはこうした食べ歩きが楽しい・・・の」との返答です。若者のグループは食べ物をシェアしながら歩き本当に楽しそう。待ちに待ったコロナが明けたという感覚が分からなくもありませんが、歩きながら食べるということは見苦しいという風に躾けられた世代からするとやはりこの現状は、美しい光景ではないと感じます。アラ60の私は、食事をしながら新聞やテレビを見るな、話しをしながら食事をするなと大正・昭和生まれの父母から教えられ育ちましたのでこの光景は違和感として映ります。

ジェンダーフリー時代になりあらゆる事柄が変化してゆくのは理解しているつもりなのですがやはり美しく生きるということは必要な気がします。肩が増え合うような場所で食べ歩きをすればソースや飲み物が他人に降りかかることもあるでしょう。行きかう人が大きな口を開けて食べ物を食らい、食べ物が口の中にあるのにも関わらず大笑い。女性でも男性でも美しい姿ではないなと感じます。こんな風に感じるのは古いのかもしれません。でも、少なくとも美しく生きるというテーマは見た目が美しいだけでなくその行動やしぐさが美しいというのも含まれていると思うのです。内面を磨きにじみ出る美しさを醸し出すことが日本人の美しさでもあると思うのですが、今は違うのかな?皆さんは美しく生きられていますか?

今年も残りあと2週間余りです。今年の反省をして来年の目標を立て2022年が良き年になる様に準備をしてゆきましょう。健康には十分に注意してください。

2021年11月

10月20日頃だったと思いますが、夏の陽気から急に寒くなりその際は寒く厳冬に突入していくのではと思いましたが11月の初旬、東海地方は暖かな日々が続いています。緊急事態宣言が10月18日に解除され徐々にではありますが、外食事業部の売上も増えてきました。コロナと人間が何とか共存する頃合いが早くに見つかると良いなと思います。野菜は安値続きでしたがここに来て少し値上がるものもちらほらと見受けられます。健康の為にも一日野菜を350gは取りましょう。

皆さんは選挙に行きましたか?若い世代が選挙に行かないので政策もやはり年齢の高い人よりになりがちなのは否めません。政治家は落選すれば失業ですからね。義務を果たさずに権利を主張するのが世の常ですが、選挙権というのは権利であり義務ではありません。先人はこの選挙権の獲得のために生死をかけてくれました。後輩である我々はその権利を簡単に放棄している状況が4割以上あるというのはなんだかなと感じます。自分の一票では世の中は変わらないというのはそうかもしれませんが、その一票の積み重ねで世の中が変わっていくというのも事実です。特に若い皆さんに世の中の出来事に関心を持つことと政治に関心を持って欲しいです。

更に望むのは、働くということに自らの価値観を見出して欲しい思います。ある方が若い人たちに講演をした後のアンケートで「あなたにとって仕事とはどんな意味を持ちますか?」という問いに対しての返答として、「生活や趣味を行うお金を稼ぐ為」「苦しいけど仕方がないすること」「義務感で行っている」などという物が多く驚いたという話をして頂きました。若い時の私も同様に考えていたかもしれません。しかし、働くという語源が「傍(はた)を楽にする」であると子供の頃に知り何故か脳裏から離れませんでした。最初は傍=親と考えており後々に親の面倒を見るのが子供としては当たり前という感覚でおりました。しかし、社会人になり傍=同僚となりました。同僚が働きやすい職場に少しでも近づけるように自分が努力することと。そして販売をするようになった時に石橋青果の創業者であった石橋勇氏より、お客さんが儲かって初めて我々仲卸が儲かると何度も聞かされためか、傍=お客さんということも含めるのだと、私の傍という範囲はだんだんと変化しました。今の傍という範囲は家族と社員やお客さんばかりではなく業界であり地域であり日本であり世界でもあるのだと考えるようになりました。皆さんはどうでしょうか?日本や世界というのは確かにちょっと大きすぎる様な気もしますが。(笑)

石橋青果という会社は働く人の会社でありたいと考えています。だからこそ、ここで働く人たちには自分たちがなぜ働くのかということをよく考えて欲しいのです。答えは各々ちがうとおもいますが、仕事をするということは「人を幸福にして自分も幸福になることと」を前提として、今一度考えてください。

石橋青果で働く人たちが、働くことによって知識と知恵、人間としての魅力、そして関わる人からの信頼を得られる様になってくれることを心から望んでいます。

だからこそ凡事徹底ということが本当に大切だと考えています。今年のテーマを確認して皆さん一人一人が自ら成長して欲しいと心より願います。

コロナに負けず、皆で新しい挑戦に向っていきましょう。

2021年10月

10月に入りましたが、寒さとか冷たさを感じる気温ではありません。夜温は結構高く感じます。お盆に作付けが遅れていた露地野菜が順調に育ってくれると思います。やっと、今月から緊急事態宣言などが解かれ飲食店での酒の提供も可能になりました。4日月曜日に市場調査という名目で金山、新瑞近辺でお酒を頂きましたが、残念ながらスタートダッシュという雰囲気ではありませんでした。年末に向けて皆が酒を酌み交わせるような 世の中になっていることを望みます。

学校でのいじめ問題やSNSでの誹謗中傷などはなくなりません。皆、仲良く生きたいというのはどの人の心根にあると思います。しかし、考え方の違いなどでどうしても相手の事を受け入れられないという感情になってゆきます。宗教の違いによって戦争になっているのは本当に寂しい限りです。平和で仲良く生きることがこれからの世の中でのキーワードになってくるのでしょう。他人や世の中を憂うる前に、不平不満を言いう前に、自分が人としての生き方を考えることが必要ですね。そのキーワードになればと思いますのでここに記しておきます。

1、「自分の短所を認めて謙虚に生きる」多くの人は短所を認めようとせず隠そうとさえします。人は長所も短所もあるのです。長所は人の役にたち、人に幸せを感じさせるものですね。これを是非伸ばして頂きたいところです。その対極にあるのが短所になるのですがある意味では裏腹なのかもしれません。短所は人に心配を掛けたり、不快にさせたりするものなのかもしれませんがこれを先ずは自覚をすること、短所があってもいいんだと自分自身で自覚をすることが大切です。できない・上手くいかないことを認めることで人は優しくなり、謙虚になることが出来ます。この謙虚になるということが第一に自分を育てることになります。

2、「自分を成長させて生きる」人は失敗をします。しかし、失敗するのは仕方がないと放っておくのではなく、失敗しない自分を目指すのです。また、できない事を出来成る様にする創意工夫をして生きることが大切なのです。1時間に製品を100個作っていた人が101個作れるようにすることこれは自らを成長させてるということいわゆる成長意欲をもって生きることが第二に自分を育てること

3、「人の役に立つことを喜びとして生きる」人は一人では生きられません。誰かを助け、助けてもらい支え合って生きているのです。もらうことは好きでも出すことを嫌がる人もいる様ですが、権利と義務の関係を考えてみてください。権利だけを主張して義務を果たさなければ世の中は小さくなっていくばかりです。世の中の為にも人の役に立つことを喜びとして生きられる自分になることが第三の自分を育てるキーワードです。この人の役に立って生きるというのが「愛」ということです。

記した考え方は芳村思風先生の受け売りです、私の話を聞くよりも直接思風先生の話を聞きに来てください。年内は10/27,11/24,12/15ウィンクあいちにて講義があります。その際は私に一報いただけると特典があります。ご家族の方も勿論大歓迎です。人は皆、幸せに生きたいと思っています。幸せに生きる為に自分の考え方を整えて自らの心根をつくる必要があります。どうぞ上記に記した3つの他に是非感性論哲学を学びにきてください。

2021年9月

 

お盆の長雨の影響なのでしょうか?8月後半から急に秋を感じます。日中は30度を超す時もありますが、空気に涼しさを感じます。お盆明けからきゅうり・レタス・白菜などが高値傾向になりました。ただ例年の感覚だと値動きがおとなしいと感じます。これは飲食店の営業が20時までとなっている影響なのでしょう。外食需要の分を各家庭で消費しているかというとそうではないのでしょうね。ネットゲーム業界や車の製造は好調のようですが飲食は昨年と比べても大幅なダウン、そして小売も伸び悩んでいる状況です。次の政権が対策をすることを期待します。

オリンピックそしてパラリンピックが終了しました。彼らアスリートの日ごろの努力は凄まじいものがあると想像がつきます。この大会に出られなかったアスリートを含め熱い気持ちを伝播してくれたことに心より感謝します。特にパラリンピックの選手からは多くの事を学ぶ機会になりました。もし自分が交通事故などで肢体が不自由になった時に彼らの様に強い気持ちで生きられるのだろうか?と、想像をした時に五体満足な体であることに先ず感謝をすると共に、その体を十分に使いきっているのかどうかを考えさせられております。まだまだできるのにも関わらず疲れた、痛い、ちょっと苦しいと簡単にあきらめている自分にも気づきます。また、大きな気づきは無いものを数えても・無くした物を数えても仕方がないということです。必要なことは持っているもので努力を重ねてゆくことが大切なんだなと。最年少の14歳のメダリストになった山田美幸さんがレース前に登場した時に他の選手は両腕があったの見て何か不公平だなと勝手に私は決めつけていました。彼女の両手は無く、右足は短く左足しかありません。その左足も障害がある様に見えます。そんな姿を見て私自身勝手に他の選手のほうが勝つんだろうなとボンヤリとテレビの画面を見ていました。レースが始まると、え!という驚きです。皆さんもそうだったのではないでしょうか?左足一本でぐいぐいと進んでゆく。背泳ぎで、頭が沈んでしまわないのが不思議なくらい。気が付くと声に出して「頑張れー」と言っている自分。最後は抜かされて2位になってしまったけれど素晴らしいレースでした。山田さんがレースを終え激しい息をしているのに背が足らないために水面に浮き沈みをしてる。浮かび上がった時に息をして又水の中に頭を沈める、そんな繰り返しは溺れている様にもみえるくらい。しかし、本人はそれが当たり前であり勿論おぼれもしません。レースの姿と終わった時の姿を見ていて、あるものを最大限に鍛えて使う大切さを教えてもらいました。言葉にするととても簡単で安易に感じます。パラ選手の日常生活から考えると私の想像を絶するところにあり言葉にならないというのが正しいのかもしれません。

コロナ禍で身動きが取れないと嘆いていても何も始まりませんね。先ずは基本を忠実に守りながらできることを繰り返し行う。アスリートが筋肉を鍛えるのと同様にこうした繰り返しが次へのステップへ行くためにも必要な事なのでしょうね。各自の役割の中で基本を先ず忠実に行ってゆく。

今年のテーマでもある凡事超徹底が一層必要であるのだと今回多くのアスリートから教えてもらいました。

2021年8月

五輪でのアスリートの活躍は我々に対してとても勇気や感動を与えてくれました。せっかく東京で行われたのにテレビでの観戦しかできないのは本当に残念でした。その上にコロナは変異してどんどん日本の経済を止めてしまっています。重ねて残念。

夏野菜が安い。関東の飲食店などで料理されるべき野菜たちが行き場を失い日本各地の市場にばらまかれている原因だと思います。家庭の皆さん!是非この機会にレタスなど夏野菜をたくさん食べてください。暑い体を適度に冷やしてくれます。

当社の顧客でもあるお店での光景で大変に違和感があったので少しここでつぶやいておきます。お店にはお客さんが列をなし開店から10日が経つのに大盛況です。女房と夕食をとるためとお邪魔しました。いつもの如く注文してから間もなく料理が出来上がりました。熱々をいただいていると一つ離れた席にいる方に私の目は点になりました。中学生位の子供さんと共に来店をしているお母さんにです。食事は終わっている様子で器はテーブルの隅の方へ追いやられています。お母さんはイヤホンをつけスマフォでYouTubeでも見ているようす。子供はなんとノートと問題集らしきものを広げて勉強をしているのです。お店で勉強する姿はスタバなどで見受けます。私自身は、お店側からすると問題だなと感じていた光景です。食事が終わる時間は20分位だとは思いますが、我々が帰るまでお母さんはスマフォに、子供は勉強に集中していました。ふと私の脳裏に浮かんだのが回転寿司でネタだけを食べてシャリを残してゆくニュースでした。「お金を払っているので、残すのはお客の勝手でしょ」と若い女性が言い放っているニュースがフラッシュバックしました。お金を払ったら客であり、客なら何をやってもいいという風潮には私は大変違和感があります。このお母さんから同様の事を感じました。客だからこの席を占有するのは問題ないでしょ。座ることが出来ずにお客さんが困っている状況を知らないふりをしているお母さん。注意をすべきかと思いましたがお店で口論するのもご迷惑。店内を回っている店長が声を掛けていないのですからやめました。

お金を払えばなんでも許されるものなのでしょうか?商品を買ってやる、それとも買わせていただく。ここに判断基準がある気がします。良い例えではないかもしれませんが、被災しその地域の商品が品薄になった時には買わせていただきますなのでしょうね。普段からこういう気持ちを持っていることが大切だと思うのです。もう一つ、思いやるという気持ちが必要だと思うのです。地下鉄で席を譲る若者を余り見かけません。部活帰りで疲れているというオーラをだす者、スマフォや会話に集中する振りをして周りを見て見ぬふりをする者など、目の前にお婆さんが立っていても知らぬふり。寂しいなと思います。しかし、席だけでなく、車の運転など日常生活の中でお互いに少し譲り合った方が何事もスムーズにいくはずです。

この親にしてこの子あり、子供が席を譲らないのは親の責任なのでしょう。我々親の行動を見て子供は育っていることを石橋青果で働く皆さんは肝に銘じて欲しい。我々が自らを律し、謙虚な自分を作る努力をすること、そして相手に対して思いやりを持った行動がより良い日本を作っていくことを信じて欲しいのです。若い皆さんもいつかは親になります。どうぞ自らを律してください。