私が市場で働き始めた頃から携帯電話が生まれた。
ショルダー型の電話機は当時ビジネスマンでも相当に
地位の高い、もしくは利益を上げている人が使っていた。
私が持てるようになったころから急激に普及し、今や2台持ちも当たり前。
携帯電話が普及してからは、仕事を進める速度がとても早くなった。
いついつまでに見積もりをくださいが、電話で「いくら?」と代わった。
ビジネスの速度が速くなった見返りに、時間の余裕がなくなり
残念ながらONとOFFの境目がだんだんと見えなくなった。
2026年3月
社長のつぶやき 270 2026年3月6日
2月中旬の10日間はとっても寒くて各地でも大雪などで混乱をしていましたが、下旬には本州でも夏日近くに温度が上がり体調を管理するのがとても難しい陽気になりました。ここ数日で急速に桜の木が赤く変化をしています。今シーズンの桜は入学式の頃には葉桜になっているのかもしれませんね。
野菜も順調に出荷されており、じゃがいも・玉ネギ以外は落ち着いた相場で推移しています。3月下旬から新物に変わってきますが大きな障害がなく出荷されてくるのを願うばかりです。しかし、今年も暑い夏になるのかな・・・・?
トランプ大統領はいったい何を考えているかが全くわかりませんね。イランという国がそんなに社会悪だとは日本人としては感じられません。もし悪だとしても武力行使で相手をねじ伏せるなどという行為は現代では考えられない暴挙。
人が人を殺すことをこんなに簡単に認めていいのだろうか?と憤慨です。
人類は進化成長発展を続けている。しかし、未だに争いごと、戦争が無くならない。あと何年必要かはわからないけれどいつか争いの無い・戦争の無い世の中になるのだと思う。そこまで人類は進化を遂げるとわが師は言う。
中世の宗教改革において、人間は理性を使うことが正しい生き方であるという認識でした。理性は正しいものは一つ、真理は一つであるということを教えます。
イエスが正しい、仏陀が正しいと主張し、相手を論破する、もしくは戦うということで統一を目指すことが正しい道であると考えられてきました。
だから、争いが絶えず、戦争が無くならないのです。理性が絶対であるという考え方に矛盾を感じると現在は皆が気づき始めているのです。
我々が進化をする為に磨かなければならいなのは心の能力を高めること。心の能力とは愛を能力として使うことです。愛は文学の世界で描かれているのが常識でしたが、情緒、感情、欲求が愛であるというとらえ方をかえるということです。
「愛があるがゆえ苦しむ」という次元から「愛を文化たらしめる」という考え方にかえるということです。心の能力として愛を学問としてとらえることで人間性の更なる発展につながってゆくと思うのです。
愛は心の能力であり、相手をおもう力なのです。心無い人間ではなく、心ある人間になることがこれからの人類に求められることなのです。
その為に我々は常に愛を手段の能力として使うように心がけなければならない。
人は誰しも認めて欲しい、分かって欲しい、誉めて欲しい、好きになって欲しい、信じて欲しい、許してほしい、待って欲しいと理屈ではなく心が欲しいと願っています。
だから愛するとは認める努力をする、分かる努力をする、誉める努力をする、好きになる努力をする、信じる努力をする、許す努力をする、待つ努力をする。
世界のリーダーたちがこの努力をすることを心から望むとともに、我々ひとり一人が愛の力を少しでも成長させることを心から望みます。
便利さの裏側
米作りを考えるとトラクターなどの進化により便利になった。
米作りは個々の家庭で行うというよりは地域で行うことが当たり前であった。
部落の人々が協力をしあってお互いの田んぼに稲を植えることは
ある意味では強制的な仕事であったのかもしれません。
しかし、地域の祭りなどで仲間が生まれ、助け合いもあったと思います。
現代は一人でトラクターを運転し大きな面積に稲を植えることができる。
部落から人が減り、祭りも開催できない地域が出てきた。
都会では核家族化になり、孤独死が問題になっている。
便利になり、機械化が進みひとりできる仕事が多くなったけど
仲間という大切なかかわりを失ったような気がする。
便利さの裏側
私の子ども頃の手習いとしては習字とそろばんが主流であった。
最近、書道教室もそろばん教室も当時と比べると減っていると思う。
社会人になると計算が必要だからとそろばん教室に通った。
電卓という便利な機械が生まれてからの半世紀?で
暗算をする機会がうんと減っている。
演算もパソコンが難なくこなしてくれる。
二桁の暗算も最近できなくなったのは、老化のせいだけではない。
電卓からタブレットという便利な機械により我々は暗算をするという
大切な能力を縮小させている。
進化は退化を生んでいる。
便利さの裏側
江戸時代に帰ることはできないが少し考えてみる。
当時の移動手段はほぼ歩くしかない。
当時かごに揺られるのも相当に体力を使ったという。
産業革命後、長距離移動は鉄道やバスに利用が当たり前となる。
現代は車やバイクでの移動は当たり前のこと。
1Km先に行くのにも多くの人は車を利用する。
便利さの裏側に、足腰の退化があるのでは?
お伊勢参りのために、2~300km歩くことが当たり前だったことを考えると
進化は退化を生む
生き方
ふと考えた、自らが更に老いていく過程で
死を待つ生き方をするのか?
寿命を全うしようと意思を持って生きるのか?
意思を持って生きるということは
大きな困難も現れるのだろう。
問題はその人の人格を高めるに違いない
生き方
稲盛和夫著「生き方」は私のバイブルです。
人生の結果=考え方×能力×熱意
世の中に貢献しようとする正しい考え方で
自分の能力を磨き、発揮する。
その為には、高い目標を掲げ
やり遂げるという熱い思いと日々の行動が大切。
魅力ある人間はいつも心に火種を持っている。
生き方
還暦を過ぎ自分自身老け込んだとは思っていないが
自分の寿命は限りがあるものだと意識をするようになった。
明日が必ずあるとは限らないと考えて生きると
一日にやり残すことがもったいないと思える。
若かりし頃に沢山の時間の無駄をしてきたので
大変にもったいないと感じている。
権利と義務
義務を果たさないのに権利はないという
考え方をする人が多いと思う。
しかし、権利は生まれた時からあるという。
「働かざる者食うべからず」
こういう精神から義務を果たさなければ権利が発生しない
と、いう考え方に昭和の人間は至ったのであろう。
私自身、権利のみを主張することはとても醜いと感じている。
権利と義務
会社においても権利と義務は発生している。
しかし、国との約束とは少し違う。
労使関係も変化をしている中で権利と義務はルールとマナーと
言い換えられるのかもしれない
就業規則というルールで権利が守られ、
義務は会社でのマナーによる。