生きるという事は変化をすること。
変化をしないという事は死んでいる。
昨日、ひでさんゼミにて講義をもらった。
人が豊かに生きるためには
少しでよいからワンランク立派になった自分を想像し
自分自身を想像することと教えてもらった。
少しの成長をすること
できれば楽しくワンランク上を目指したいものです。
名古屋中央卸市場から野菜果物の仲卸・外食産業へ業務用小分け配送
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生きるという事は変化をすること。
変化をしないという事は死んでいる。
昨日、ひでさんゼミにて講義をもらった。
人が豊かに生きるためには
少しでよいからワンランク立派になった自分を想像し
自分自身を想像することと教えてもらった。
少しの成長をすること
できれば楽しくワンランク上を目指したいものです。
昼間は大変に暖かく、しかし早朝は結構な冷え込みを感じます。
三寒四温が続きこれから桜の開花が待ち遠しい季節になりました。
天候は不順だとは思えないのですが、
九州の馬鈴薯、愛知のキャベツなど何故か作柄が良くないとの事。
消費者の皆さんに安定した価格でお届けしたいものですが、
一部商品については端境期になることが予測されます。
もしかすると、天候の関係ではなく、ただ単に人手不足なのかな?と考えてしまいます。
この時期は卒業と入学の季節、当社でも6名の新しい仲間を迎え入れる準備をしております。
人手が足らないと言われて2年になりますが
彼らが傍を楽にする人たちに育ってくれることを祈るばかりです。
私は5回目の名古屋シティーマラソンに参加してまいりました。
結果は1時間5分14秒。
過去一番悪いタイムでした。
いつもの事ですが練習不足の上に、今回は練習をすると
右足首が痛くなったこともあり、けがをしてはいけないと思い
スタートからスローペースで走っておりました。
5k地点まで女房と共に一緒に走っておりました。
けがを案じながら、
もっと一所懸命に走ったほうが自分らしいと思う
自分自身もいるのです。
沿道で手を振る人達とハイタッチをしながら走っり、
女房を振り返りつつ走るのですが、
なんとなく納得でできない自分が居ました。
不思議な気持ちです。
5k~6kの間に給水所があります。
5k過ぎてから給水所まで女房を振り返ることなく
自分のペースで走ることにしました。
ペースを上げたことで心拍数も上がってくる。
汗もジンワリとかき始めてきます。
なんとなく気分がハイになってきます。
女房と一緒に走ることを言い訳にして、
また、けがをしたらいけないという事を言い訳に、
自分をだまして走ること、
いわゆる自分が自分に嘘をついていることに気が付いたのです。
給水所で女房を待っていましたが会うことができませんでした。
残りを自分らしく走ろうと決めてペースアップを試みます。
不思議に今まで頭の中が雑念?だらけだったのが、
走りに集中すると自分の姿勢や体の使い方を考えているのがわかります。
新瑞を左折する頃には無の境地?とはいきませんが
走ることに集中できている自分がいます。
そして、自分自身に嘘をついていない自分がいて、
ストレスが取れたように感じるのです。
その反面練習不足の体は腰、右足と徐々に悲鳴を上げてくるのです。
弥冨通3丁目交差点を左折すると最後の上り坂です。
自分自身に絶対に歩かないと言い聞かせて坂を上り始めます。
だんだんに息が上がってきます。
玉のように汗が吹き出しちょっとくじけそう。
でも、沿道の方たちから暖かい声援を頂き
自分を叱咤しながらなんとかゴールしました。
与えられた仕事を一所懸命にやることが
自分の信条だという事をこのマラソンから再確認しました。
やれない理由を100個並べるよりもやれることを
一所懸命にやっている自分の方が、自分自身が好きだという事です。
一所懸命にやらないことが私にとってはストレスであったのでしょう。
不思議だなと感じているのですが、このマラソンを走っり、
自分が望んでいるものに気が付いた時、
右足の痛みが薄らいだような気がするのです。
2月ジムで全く走れなかったのに、
なぜか3月12日以降ジムに3回ほどしか行けていませんが
行った時には走ることができるようになりました。
ストレスって無くならないものなのでしょう。
でも、そのストレスが何なのかを
自分自身ではなかなか気が付かないことが
多いのではないでしょうか?
ストレスの真因が分れば案外簡単に対処できるような気がしました。
出張のために午前9時頃に地下鉄に乗った。
高年齢の方が沢山乗降車している。
座っていたが混雑してきたので席を立った。
でも、スマフォをして気づかないふりをしている
人たちがいるのはとても悲しい光景です。
人と人が譲り合う心をなくしたら
人間関係は良くなるはずはない。
忖度(そんたく)という言葉を行政と立法府での
やり取りに最近よく耳にする。
忖度:人の気持ちをおしはかることという意味。
こんなことってあっていいのか?
役人は政治家のトップの言う事はおしはかる。
税金を支払っている我々はおしはかってもらえることが
ないという事だよな・・・・。
長い物には巻かれよというけど
許せん!
自宅から名古屋駅まで地下鉄でほぼ35分
夕方名古屋駅に向かう社内は結構すいている。
一人で乗車している方の8割以上の方はスマホに夢中。
3月に入ってからはリクルートスーツが目立つように。
目の前の女子学生は時事問題という本を読んでいる。
時事問題も大切だけどもう少し足をそろえて座ったほうが良いかも
物を売るという事は、自分自身を売るという事
営業の原点は商品を売ることではなく
自らの信用を勝ち取り信頼を得るからこそ
その商品を買うのだと思う。
我々はルートの営業です。
毎日の我々の行動をお客さんは見ています
その積み重ねが信用を生み、信頼につながる。
営業職も配送職もお客さんにかかわる人は一緒ですね。
名古屋市の目抜き通りを我々の為に
譲ってくれた名古屋市民の方
大会運営にご尽力をしてくれた方
沿道で声援を送り続けてくれた方
今年も皆に感謝です。
ありがとうございました。
命の儚さを痛感します。
仲卸の会、会長の急逝の知らせが届いた。
私より1歳上でした。
12月アメリカサンフランシスコでは
一緒にダウンタウンを早朝ランニングし
1月には石垣島で新しい事業の事を語り合った。
どういう理由で逝ってしまったのか、今は分かりませんが
最後にお顔を拝見してきます。
兎に角皆さん健康に留意してください。
異常気象なのでしょうか?
立春に鳥取には大雪が降りました。
ニュースでしか見れていませんが
北海道の様な景色でした。
立春を過ぎてから寒くなったような気がします。
先ずもって、1月28日に49歳という若さで亡くなった
森口君に心より感謝を申し上げます。
本当にたくさんのお客さんと会社をつないでくれました。
訃報を聞いた時に、何を言われているのかが全く理解できず、
何度も聞き直しました。
その亡くなる3,4時間前まで一緒に将来の石橋青果がどうあるべきかを
喧々諤々と話し合っていたのです。
なんとなくみんなの妥協点が見つかり、
次は新たに一歩を踏み出そうと決めて
「帰ります」
「お疲れ様でした」
と会話をして森口君の後姿を見送ったのです。
その後姿はいつもと何も変わらぬ姿でした。
残念なのは、彼に本気で運動を進めればよかった。
煙草を取り上げればよかった。
健康になるレールに導けなかったことは心から悔いとなっています。
みんなで力を合わせ、事業部を発展させ、
物心ともに幸福になって欲しかった。
残された森口君の家族が当たり前のことが
当たり前にやって行けることを心から祈るばかりです。
みんなも同じだと思いますが、一緒に働いてくれる仲間が
いなくなるというのは大変な心の痛手です。
私自身、石橋青果で働くみんなが健康で働ける環境を
もっともっと作ってゆかねばならないと思っています。
人はいつかはこの世を去ることとなりますが、
ある意味では先に逝ってしまった方が楽なのかもしれません。
残された者たちは悲しみと共に生活をしなければなりません。
実際、私は今月のはじめに忙しいというのがぴったりです。
忙しいとは心を亡くすと書いてあります。
何をやっていてもどうも何をやっているのかが分らないのです。
心ここに在らずという事なのでしょうか?
私でさえそんなのですから、
奥さんをはじめ家族の方々の心境を思うと、
今とても大変なのだろうなと思います。
言葉は悪いかもしれませんが
先に逝った方が楽だという事はこういうことを
言っているのです。
人は何かの意味が合ってこの世に生まれいずると言われています。
その目的を果たすためには、健康でなければならないとつくづく感じます。
死んでも惜しくない程の対象に出会うことが
生きるという事であると師は教えてくれます。
しかし、いつも死んでは何も残りません。
死んではいけませんと付け加えます。
何かをやり残してことを終えることは“悔い”として残ります。
この悔いという心の傷も生きているからこそ感じることであり、
逝ってしまっては感じることもないのでしょう。
しかし、森口君の営業メモやお客さんとのPCメールのやり取りを
探ってゆくと森口君自身が新規案件を大事に大事に育ててきたことが良く解ります。
この意思を継いでゆくことは、ある意味で彼を弔う事となるのかもしれません。
彼の悔いる気持ちを労わるためにも残された我々は
森口君がつないでくれた沢山の縁を繋いでゆくことなんだろうと思います。
兎にも角にも、健康第一です。悔いを感じることは生きていること。
でも、悔いが残らないような生き方をするととても幸せになると思います。
毎月ですが、まとまりのない文になりますが最後まで読んでいただきまして感謝です。
我々は宇宙で生きる一人である。
と、昨日思風ちゃんから聞いた。
宇宙で生きると聞くと大きすぎるので
社会で生きる一人であると解釈をすると
解りやすいと思う。
社会で生きる一人であるという意識で
いろんなことを見直す必要があると思う。
大きな目で見ることが大切です。