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リーダーとフォロアー

リーダーシップとフォロアーシップは一体。

リーダーとは部下を引っ張り導いてゆく役目
フォロアーは上司を担ぎ助けてゆく役目
一対の関係です。

世間ではリーダーシップのみを取り上げるが
できる上司の陰にはできる部下がいるということ。
フォロアーシップがとても大切です。

上司は部下を伸ばし更に進化をする。

魅力あるリーダーに

4月から新入社員が入社する。
皆先輩として今一度襟をだたしてほしい。
そして、各自が魅力あるリーダーになる必要がある。

その為に
人を育てる愛情が必要であり
人を活かす人間になってほしい。

・勇気ある行動
・自らを成長させ続ける熱意
・挑戦する姿勢
・変化し続ける柔軟性

これらの実践が自らをリーダーとして器を育てる。

教育って

教育・・・・
教え、育てると書く。

教え過ぎるとその人の個性を失わせる。
教えることと育てることは似ているが本質は違う。

教えることは知識や技術を詰め込み
育てることは体験経験をさせ失敗をも許すことだと思う。

教えることが育てることを超えてはいけない。

教育とはその人の内なるものを引っ張り出すことだ。

部下になんでも教えることはいかがなものか?
考えることを教える。
それがその人を育むということ。

納得してやる気にさせることが本当の教育

激動の時代

社会が大きく変わってゆく時代

社会構造が縦型社会から横型社会へ

例えば、親子の関係が主従関係から
親が子から学ぶ関係に変化をしている。

支配と命令と管理の社会から
愛と対話とパートナーシップへと
人間関係が変化している。

キーワードは平和
争うことからお互いを許し合う社会になってゆくという

知識を知恵に

知識を蓄ええることを目的としてはいけない。
知識は活用してこそ、
知識としての価値が生まれる。

学校で学んだことを知識として持っているだけでは
やはり寂しい。

色々なことを覚えることは必要である。
でも、学ぶことを目的としてはいけない。
学んだ知識を知恵に代えて行動しないとね。

これらか社会人になる皆さん
がんばれ!

サイレントとノイジー

サイレントマジョリティとノイジーマイノリティー
沈黙の多数派と声高な少数派ということ

世の中の多くは沈黙の多数派
でも、声高の少数派の意見をマスコミは取り上げやすい。
自ら主張することが声高となるからだろう。

でも、多くの支持は黙っているひと。
潜在的に見えるが本当は多数派。

意見だけでなく好みも同じようなことが言えるかも

相撲道

連休中に横綱白鵬の相撲をテレビで観戦。

日曜日 琴風戦
月曜日 栃煌山

白鵬ならではの相撲道と少し違い
ただ勝負ありきの相撲を感じる。

勝てばいいというものではないのが相撲道。
道を極める、いわゆる日本人の心である。

この2戦を観戦し心無い勝つために手段を択ばぬ・・・
そんな気がする。
ちょっとやりすぎの気がするのは私だけ?

大工仕事?

自宅のウッドデッキを撤去した。
9年間毎年ペンキを塗っていたのだが
腐敗がひどくカビだらけになった為。

朝、8時過ぎから作業にかかる。
10時ごろから女房も手伝ってくれた。
秀さんの告別式の為、仲抜け。

帰ったら女房が楽しそうに大工仕事?

違った意味でいい時間を過ごすことができた。

平成28年3月

この2週間、暖冬の影響で11月12月に前進出荷した影響が色濃く出ています。
これから春だというのに菜の花の入荷が終ってしまうなど・・・。

九州産地においては何十年ぶりと言う雪の影響で
新馬鈴薯また新玉葱が相当に高騰しています。

お値打ちだった北海道産の玉葱、馬鈴薯も軒並み高騰と言う有様です。
困った!

桜の開花が例年より1週間程度早くなりました。
我々の仕事がお天道様次第ではあるけれど理不尽を感じます。

 3月1日より仲間を一人迎え入れることができました。
前職は同様の仕事をしていたとのことこれから外食事業部で
大きく成長してくれることと活躍を祈るばかりです。

 名古屋シティーマラソンは今年で5年目、
そのうち私は女房と共に2013年より4回連続で参加しております。

今年も何とか1時間を切ることができ、
私は58分18秒のタイムでゴールをしました。
2年目の53分台から大きく遅れているのですが、
まぁ、稽古が足らないので仕方がないと自らを慰めております。

 このマラソンは、毎年参加者が増えているとのこと、
沿道で“VOLUNTEER”と書かれた帽子を被った
ボランティアの方々が沿道に数メートルごとにいてくれて、
近所の応援の方と共に「頑張って」と皆が声をかけて続けてくれました。

実は、7kmを過ぎた瑞穂通ではちょっと休憩をしたいと
思いながら走っていました。どうにも足が前に進んでいかないのです。

あの信号まで走ったら・・・、
あの曲がり角を曲がったら、・・・
休憩しよう、歩こうと思いながら走っておりました。

しかし、ボランティアの皆さんの「頑張って!」と言う言葉のお蔭で、
何とか自らを奮い立たせて歩くことなくゴールまで走りきることができました。

話はそれますが、約5kmの所に市大病院があります。
市大には中村さんが入院をしています。
市大前を走る時は、気合が入りました。
と言うのか祈る気持ちと言うことでしょうか?
私が走ったからと言ってどうにもならないかもしれないけれども、
何とかガンから回復をしてほしいと願わざるを得ない気持ちで走りました。
背筋を伸ばし、ももを上げ、汗をふきふき・・・・。

ほんの数十秒の事ですが・・・。
何とかならんものかな?と。

話を戻し、全く知らないボランティアの方々との
ふれあいはとてもすがすがしいものでした。

しかし、若いカップルや親子が色々な原因があるのだと思いますが、
昨今、傷つけ合い、そして死に至るニュースが報道されています。
本当に残念なことです。

互いの事をよく知る者が傷つけ合う。
お互いの事を知らない者同士が助け合う。

予想ではありますが、傷つけあう人たちはボランティア等で
助け合ったという共感をしたことが無いのだろうなと思います。

もし、このような経験体験をしているのなら
少なくとも刃物で相手を傷つけることにはならないと思うのです。

このボランティアは、小さい頃にいた、近所のおばさんに似ている気がします。

私自身その昔、近所のおばさんに迷惑ばかりかけた覚えはあるのですが、
近所のおばさんはそれでも暖かく受け入れてくれました。
困っていると助けてくれ、よく言われたのが
「あんた達はツルムと悪いことばかりするけど、ほんと一人一人はいい子だよね」と・・・。

この暖かさを知っているからこそ
今回のボランティアの方達の頑張れという言葉に
体が素直に反応してくれたのだと思います。

子供たちが路上や公園で遊ばないと聞きます。
近所のおばちゃん・おじちゃんとの触れ合いも減っていると聞きます。

ゲームソフトでバーチャルな世界で
遊ぶことだけではなくリアルな社会で優しさと痛みを感じながら
子供たちが育つそんな環境が必要だなと
今回のボランティアの方達のふれあいから私自身たいへん感じております。

楽観と悲観

楽観:未来のことを気楽的に考える
悲観:未来のことを失望的に考える

人間は両方の側面を持ち合わせているが
どちらが大きいかでその性格を判断される。

悲観論者は用意周到に色々準備をする。
しかし、楽観論者は準備にかける部分がある。

楽観論者は常にポジティブにものを考えるので
求心力が芽生えてくるが悲観論者はネガティブになる。

問題が起きた時に明るく対処できる人間であるために
自分の中の楽観と悲観の割合をバランスするには3対1が良いらしい。